先生方は日々の授業で、市販の教材をコピーしたり、インターネットで見つけた写真やイラストをスライドに使ったりすることはありますか?
実は、私たちが当たり前のように行っているこれらの行為は、「著作権法第35条」という法律によって特別に認められているものなのです。
では、もしこの第35条がある日突然なくなってしまったら、私たちの学校現場は一体どうなってしまうのでしょうか。
この記事では、この『もしも』の物語を通じて、著作権法第35条が教育現場にとっていかに重要であるか、そして、その恩恵を受ける私たちが何を意識すべきかを具体的に解き明かしていきます。
この記事を読み終わる頃には、日々の授業が実は奇跡的なバランスの上に成り立っていることを実感し、明日からの実践に役立つはずです。
そのコピー、本当に大丈夫?授業準備で迷うこんな場面
授業の準備や授業の中で、こんな場面で少し迷ったり、不安になったりしたことはありませんか?
- 新聞記事をクラスの人数分コピーする
- ネットの画像をスライドに使いたい
- 市販のドリルの一部を宿題のプリントにする
現在、これらの行為の多くは、一定のルールを守れば認められています。
しかし、それはあくまで学校教育を守るための特別なルール、「著作権法第35条」という大切な盾があるからです。今回は、この35条がもしなかったら、という少し怖いけれど非常に重要なお話をしていきます。

著作権法第35条がない世界で起こる3つのこと
もし著作権法第35条がなかったら、学校では何が起きるのでしょうか。ポイントは大きく3つあります。
- 毎日の授業が大幅に制限される
- オンライン授業の実施が著しく困難になる
- 先生の仕事がパンクする
一つずつ具体的に見ていきましょう。
授業が成り立たない?教材利用の大幅な制限
まず、「毎日の授業が大幅に制限される」という点です。
大原則として、著作権法では誰かが作った著作物を利用する時、作った人(権利者)の許諾を得て、場合によっては使用料を支払う必要があります。これが世の中の基本的なルールです。
第35条は、この原則に対する例外、「著作権の制限」として、学校などの教育機関では「授業に使うために必要な範囲」であれば、許諾なく著作物を複製(コピー)しても良いと定めてくれています。
もしこの例外がなかったら、どうなるでしょうか。
- 国語の授業で文学作品を人数分コピーして配る → 許諾が必要
- 新聞記事を教材にする → 新聞社の許諾が必要
- 市販のドリルをコピーして小テストを作る → 許諾が必要
- 美術の授業で有名な画家の絵をスライドで見せ、それを模写させる → 本来は許諾・使用料の対象
教材準備のために全国の作家、出版社、新聞社に連絡を取って許諾を得て、お金を支払う。そんなことが現実にできるでしょうか。その問いへの答えは、言うまでもなく『ノー』でしょう。
結果として、教科書に載っていること以外ほとんど何もできなくなり、私たちの授業は完全に停滞してしまうでしょう。
(※もっとも、著作権法第32条などの他の権利制限規定や、パブリックドメイン、オープンライセンス教材を活用すれば一定の授業は可能ですが、多くの教材が使えなくなるのは避けられません。)
GIGAスクール構想が水の泡?オンライン授業が困難に
次に、「オンライン授業の実施が著しく困難になる」という点です。
GIGAスクール構想によって、今や多くの学校でオンラインを活用した授業が行われています。授業で使う参考資料のデータを、Google ClassroomやMicrosoft Teamsなどの学習プラットフォームを通じて子供たちの端末に配信する、といった行為(公衆送信)も、実は改正された第35条によって新たに認められるようになったものです。
そして、個々の権利者に許諾を得るという先生方の膨大な手間を省き、運用をスムーズにするために『授業目的公衆送信補償金制度』という仕組みが作られました。
学校がまとめて補償金を授業目的公衆送信補償金等管理協会(SARTRAS)に支払うことで、先生方は個別の許諾手続きをすることなく、オンラインで教材を配信できるのです。
もしこの第35条がなければ、この制度自体が成り立ちません。
そうなると、オンラインで資料を一つ送るのにも、いちいち権利者の許諾が必要になります。これでは、せっかく整備されたICT環境や端末を活かした教育は、ほとんど実現不可能になってしまいます。

先生の仕事がパンク!膨大な許諾業務とリスク
最後のキーポイントは、「先生方の仕事がパンクする」です。
もし第35条がなくなり、全ての著作物に許諾が必要になったら、先生方は教材を一つ使うたびに、以下の業務に追われることになります。
- 権利者調査:まず、著作物の権利者が誰なのか調べる。
- 交渉:権利者に連絡を取り、目的や使い方を説明して交渉する。
- 契約:許諾が得られたら、使用料や利用条件について契約を結ぶ。
- 支払い:経理上の手続きをして支払いを行う。
こんな業務が日々の授業準備にプラスされることを想像してみてください。おそらく、授業の準備や子供たちと向き合う時間はなくなり、一日中権利者を探して連絡を取る「許諾業務」に追われることになります。
さらに、莫大な著作物使用料は一体どこから捻出されるのでしょうか。
万が一、手続きを誤って権利を侵害してしまえば、学校や教育委員会が訴えられ、損害賠償を請求されるリスクも負うことになります。これでは、先生方の仕事は完全にパンクしてしまいます。
「当たり前」ではない奇跡のバランスの上に立つ授業
第35条のない世界を想像してきましたが、いかがでしたでしょうか。
- 教材のコピー・引用が原則できなくなり、毎日の授業が大幅に制限される。
- オンラインでの資料配信が著しく困難になり、ICT活用が大きく後退する。
- 先生方は膨大な許諾業務に追われ、日々の教育活動に専念できない。
今日の話を聞いて、「自分たちの仕事は特別な著作権のルールに守られていたんだ」と改めて感じた先生も多いのではないでしょうか。
私たち教員が明日から意識すべきこと
では、この大切なルールを守りながら、私たちが明日からできることは何でしょうか。
第一に、この「当たり前ではない」状況に感謝し、「私たちは特別な許可を得ているんだ」という責任を自覚することです。
その上で、ご自身の授業での著作物の使い方を一度振り返ってみて、「これは本当に授業に必要な範囲かな?」「権利者の利益を不当に害していないかな?」と自問自答する習慣を持つことが大切です。
そして、もし判断に迷うことがあれば、決して一人で抱え込まず、管理職の先生や教育委員会に相談してみてください。
著作権は、クリエイター(作った人・著作権者)の生活を守り、新たな文化が生まれる土壌を育むための非常に大切な権利です。
私たちはその権利を尊重しつつ、教育という特別な目的のために著作物の一部を利用させていただいているという責任と謙虚な姿勢を、常に持ち続ける必要があります。
この記事は、動画「【教員向け】知らないとヤバい!あなたの授業を支える『著作権法第35条』がなくなったら…?【著作権解説】」をもとに作成しました。